エクソシストの悪魔

[名]

定義

映画『エクソシスト』で少女に取り憑いた悪魔が、悪魔祓(ばら)いをする神父にしたように、相手を思い通りにするため、手段を選ばずありとあらゆる行動をとること、あるいはとる人のこと。

内容

1973年製作のアメリカ映画『エクソシスト』では、悪魔が少女リーガンに取り憑き、それを神父が祓(はら)おうとする。 この時、悪魔は神父に祓われまいと、少女が正常に戻ったふりをしたり、神父を罵倒したり、少女の顔で哀願したりする。 さらには、神父の持つ「母親の最期を看取れなかった」という罪悪感を利用し、母親の声で神父を責め、強く心を動揺させる。 人が相手を思い通りにしようとした時、この悪魔のように、あらゆる手を使って相手の心を揺さぶり、思い通りにしようとすることがある。 特にその人が行き詰まり、感情的になり、追いつめられた時に起こりやすい。 例えば、セフレにしていた男性と駆け引きをするため、大きく距離をおいた時、その男性が、「もう終わりだな」「さよなら」などと、別れのメールを送ってきたりする。 駆け引きをして、相手を強く惹き付けるために距離をおいたのに、男性から「もう終わりだな」「さよなら」と告げられた女性は動揺する。 そして「ごめん、ちょっと返事が出来なかっただけ」と再び彼に縋(すが)り、セフレを続けてしまったりするのである。 この彼がいった「もう終わりだな」「さよなら」が、映画エクソシストにでてくる悪魔が言いそうな言葉で、女性がこの言葉を言えば、すがりつくのを見越して言っている言葉である。 これは男性が追いつめられているために言っているからであり、男性にとっても大きな賭けをしていることが多い。 言い換えれば、駆け引きに効果があった証拠であり、ここが踏ん張りどころとなる。 このように相手がエクソシストの悪魔になったなら、この映画の悪魔祓いをする神父のように、悪魔の言葉や行動に一切耳を貸さず、きちんと駆け引きをやり抜くことが重要となる。 男性の言葉を鵜呑みにする女性は、この“エクソシストの悪魔”にはまりやすく、結局悪魔を祓えず、元との木阿弥になってしまう。
|